第1章でM/P比・RID・乳児曝露量という 「数値で判断する道具」 を学びました。第2章では 「なぜそうなるのか」 の生理学を深掘りします。母乳の成り立ちを理解できれば、患者から予想外の質問が来ても自分の頭で答えられるようになります。
乳腺は 乳腺胞(lobule)→ 乳管 → 乳頭 という階層構造を持ちます。母体血液は乳腺胞の周囲に張り巡らされた毛細血管から、乳腺上皮細胞 を介して乳汁へ成分が移行します。
| 段階 | 場所 | 役割 |
|---|---|---|
| 合成 | 乳腺上皮細胞 | タンパク質・脂質・乳糖 の合成 |
| 選択的取り込み | 毛細血管→上皮細胞 | 血液から特定成分を選択的に取り込み |
| 分泌 | 上皮細胞→乳腺腔 | 合成された母乳成分を腔内へ |
| 射乳 | オキシトシン作用 | 授乳刺激で乳管が収縮し乳汁排出 |
薬剤が血液から母乳へ移る経路は5つあります。薬剤特性によって主経路が異なる ため、これを知ると移行量予測が立ちます。
| 経路 | 機序 | 適用薬剤 |
|---|---|---|
| ① 単純拡散 | 濃度勾配で受動的に通過 | 脂溶性が高く小分子の薬剤(多数派) |
| ② 細胞間隙 | 細胞と細胞の隙間を通過 | 初乳期に多い(タイトジャンクション緩い) |
| ③ 能動輸送 | トランスポーター経由 | イオン化薬・栄養素 |
| ④ 受容体介在 | 受容体結合→エンドサイトーシス | 免疫グロブリン・大分子 |
| ⑤ イオントラップ | 母乳のpHでイオン化→トラップ | 弱塩基性薬剤(母乳が血漿より弱酸性) |
母乳のpHは 約7.2(血漿は7.4) と、わずかに酸性側です。弱塩基性薬剤(多くの精神薬・抗ヒスタミン薬等)は、母乳側でイオン化されてトラップされ、濃縮されやすい。これがM/P比>1.0の薬剤がある理由です。
母乳の組成と移行量は、授乳期の時期で大きく変わります。これを知らずに「妊婦と同じ評価」をすると判断を誤ります。
| 時期 | 期間 | 特徴 | 薬剤移行 |
|---|---|---|---|
| 初乳 | 産後〜5日 | 少量・濃厚・免疫成分多・IgA豊富 | 細胞間隙が緩く移行↑。だが量が少ない |
| 移行乳 | 5-14日 | 量増加・成分変化 | 徐々に細胞間隙引き締まり移行↓ |
| 成乳 | 14日〜 | 安定。約600-900 mL/日 | 多くの薬剤は 移行少・RID基準で評価 |
新生児期の数日間は 「細胞間隙経路」 が広いため移行が増えますが、1日哺乳量自体が少ない ため、絶対曝露量は小さい。成乳期に入れば、ほとんどの薬は問題なし。
薬剤を服用してから母乳に出る濃度は 時間とともに変動 します。授乳タイミングの工夫 でさらに曝露量を減らせます。
服用後 30分〜2時間 で母乳濃度ピーク → その後 半減期に応じて減衰
ただし 「赤ちゃんが欲しがった時に飲ませる」 という母乳育児の基本を歪めるまでのタイミング指導は、QOL悪化を招きます。RID<10%の薬なら 「タイミング気にせず通常通り」 が原則です。